● 老年心療内科のミニ勉強会
第10回 「内科の薬の恐怖」
すっかり元気になりました、副院長の宮原です。この時期は悲しいかな再発・悪化する患者さん、はたまた新たに発症してしまう患者さんが多い季節ですね。この1週間は11人の新患さんが来ました。そのうちの一人が印象的だったので、支障のない程度にご紹介しようと思います。
あるの日昼ころ、近くの病院の院長先生から電話がありました。「90代の患者さんが幻覚妄想状態で、せん妄状態(意識がボヤッとしてしまい、そういった意識状態でのみ幻覚妄想が出るものを言います。)と思うが、近くの開業医さんから入院希望で本日紹介されました。身体的には大きな問題がないので、入院は難しい。そちらで診てほしい。」というものでした。
3時半においで下さいといって待っておりましたが、結局5時前に娘さんとお見えになりました。本人さんはずっと一人でしかめっ面でぶつぶつおっしゃっております。まさに、せん妄状態と思われます。
娘さんの話をまとめると以下のようになります。「90代だが、一人暮らしをしており、自立できていた。時折ヘルパーさんが入る程度で介護保険も受けていない元気な母だった。もともと近医でパーキンソン症候群(軽度のようです)と、高血圧の治療は受けていたがおおむね元気だった。
それが、GWに吐血をして主治医のところで胃カメラをしてもらったら、胃潰瘍があり、PPIと呼ばれる薬が出た。そのころから、時々目つきがおかしくなったり、誰かがいるといっておびえたり、死んだ人が出てくるというようになり、その主治医は1週間以上経ってから、せん妄を消すグラマリールという薬を出したが、さらに悪化し、今では食事もとらず、不眠で、奇声を上げたり、薬も飲んでくれない。どうしたものでしょうか」。
紹介してくださった病院でCTをとってもらい見せてもらいましたが、大きな梗塞はなく、頭頂の萎縮のみでした。これだけでもアルツハイマー型認知症があってもおかしくはないのですが、90代という年齢を考えると、微妙なところです。もちろん記憶検査などでできる状態ではありませんでした。パーキンソン症状もあるのでしょうが、これだけ興奮していると、なかなかわかりません。例のレビー小体型認知症(第9回のミニ勉強会参照)が頭をよぎりましたが、本当に認知症のプロが診てもGW前までは痴呆もなかったとしたら・・・・。したらですが、最も考えられるのはPPIによるせん妄が少なくとも引き金にはなったのでは、ということです。それを本人・家人とも薬を飲める状態でなくなるまで必死に飲んでいた或いは飲ませていたということになります。
PPIという薬は胃潰瘍、逆流性食道炎が見つかったとき、最もよく使われる薬で、その薬を選択した医師はもちろんその時点では妥当だったと思います。ただ、もっと早く誰かが気付けば、外来レベルでの治療で済んだのでしょうが、何日か食べていない、薬も拒否、脱水熱も出ている今となってはどうしようもありません。精神病院の入院を娘さんに提案するしかありませんでした。
よく、「精神科の薬は怖い」という言葉を耳にしますが、内科の薬も怖いものがあることを皆さん知っておいてください。もし、どんなものでも薬を飲み始めて、何かおかしいことがあったら、薬を疑うことも必要だと思います。しかも早く気がつくこと、それが大事だと痛感させられました。
当院にも他院で総合感冒薬を飲んでぼけてしまったと大騒ぎして家族が連れてくるケースや、寝っぱなしになったので脳梗塞でも起こしたのではといって連れてきて結局、血圧の薬のせいだったというケースもありました。皆さんもすぐに主治医に相談してくださいね。悲しいことになる前に・・・。こういうことがあるとこちらも悲しいです。
2006年5月23日
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